梅雨じゃなくても湿気ってる。

思い付いた事を、気が向いた時に書いてます。

夢の記録③2021/3/19

 私は左官見習いをしています。今日は会社の事務所から女性の先輩2人と、3人組で現場へ向かいます。通常は、事務所から皆んなで一緒に現場へ向かう事は無いのですが(基本的に現場へは1人で、直行直帰です)その日はどういうわけか、そういう事になっていました。

事務所で、会話をしながら作業着を選びます。

作業着は毎回同じなのに、何故かその日は3人で、何時間もかけて、いちいちお喋りしながら選びました。先輩2人はカーキ色で超超超ロングのニッカポッカを選び、「あなたも同じやつにしなよ」と言われたので私も同じ物を選びました。ニッカポッカは、格好良いな と思う反面、幼い頃、私に暴行を加えてきた人間がすごく長い(少なくとも超ロング以上だと思います)ニッカポッカを穿いていたのと脚の短い自分には似合っていない気がするので、あまり穿きたくありません。

 腰に装着した道具が歩く度にガチャガチャガチャガチャ鳴ります。私は、現場で着けたらいいのに何故今直ぐに付けるんだろう、邪魔ではないのだろうか?と疑問に思いましたが、見習いなので「先輩の言う事は絶対」だと逆らいませんでした。

長いこと作業着を選んでいたからか、事務所を出た頃にはもう午前9時を回っていました。普通なら作業を始めている時間です。

事務所から駅までの道のりを、3人でお喋りしながら歩きます。

「さっきからカチャカチャうるさいね」

「これ持ってきたけど今日絶対要らないよね」

「どうして持ってきたんだろうね」

本当に、そう思います。

事務所から駅までの風景が、いつもと違います。しかし、見憶えのある風景です。見憶えが、というより、これは私が小学校中学年から成人する迄のそこそこ長い期間を過ごした懐かしい街の景色そのままです。今日の現場は確かこんな場所ではなかった筈なのに、一体どういう事でしょうか。

そのまま歩き続けていると、公民館が見えてきました。この公民館には室内プールが併設されていて、それこそ小学生の頃は、数え切れないほど通いました。プールで泳いだ後には毎回ロビーの自販機でアイスを買い、生乾きの髪を肩に垂らしたまま、ロビーの(予算が無くて買い換える事が出来なかったのか所々破れ、ガムテープで補強してありました)ソファに座って食べていました。あの自販機はまだ在るのでしょうか。

公民館の入り口から、一台の白いワゴン車が公民館の向かい側の道路に向かってゆっくり出てきます。3人でワゴン車が移動する様子を眺めていると、(夢の中の自分たちはどうしてこう、不可解な行動を取るんだろう)後部座席の窓が開いて、其処から小学2年生くらいの男の子が顔を出しました。男の子は拡声器を手に持って、「おとうさんは、これからゆっくり、お仕事に行きます、ゆっくりだので、車も時間がかかります、とてもゆっくりです」と大きな声で、拡声器を使っているので当たり前ですが、大変に大きな声で言いました。

運転席をよく見るとその〝おとうさん〟らしき男性が居て、どこか申し訳なさそうな、しかし、ニヤニヤした顔でこちらを見ています。

「子供に言わせるなんて何考えてるんだろ!」と、先輩が怒った顔で言いました。

私もそう思います。

ワゴン車は、完全に公民館の敷地内から出ると、突然道路の真ん中でストップしました。

「危ない!何考えてるんだろ!」先輩は、再び怒った声で言いました。本当に、そうです。

ストップしたワゴン車の中から、白いふわふわしたワンピースを着た、髪の長い女の人が出てきました。頭に色とりどりのお花でできた輪っかを載せて、生後10ヶ月くらいの赤ちゃんを胸に抱き抱えています。「わたしたちは、これから、行かなくてはいけません、この子と一緒に、行かなくてはいけません、」拡声器の男の子に負けないくらいの大きな声でそう言うと、女の人は胸に抱いた赤ちゃんを頭の上の、お花の輪っかを載せたところより高く掲げて、それから、とてもゆっくりした動作で、赤ちゃんを道路の上へ置きました。

何故だかわかりませんが、夢の中の私はその時、「自爆テロだ」と思いました。そして、2人の先輩に、「自爆テロです、爆発します、逃げましょう」と言い、2人を連れてその場を離れようとしました。道路の真ん中に棒立ちになる女の人のことも、道路の真ん中に置かれた赤ちゃんのこともそれ以上、見ていられませんでした。

道路の2人から背を向けた直後、

パチュンッ! と、大きな水風船が割れたような、何か、お水をたくさん含んだものが弾けたような音が響きわたりました。

「破裂した!」そう思いました。

私の右隣に居る先輩は、私と同じように、後ろを全く振り返ることなく、ただ項垂れて

「うそでしょ、うそでしょ」と、つぶやいています。私の左隣に居る先輩は、道路に棒立ちになる女の人と、赤ちゃんを、ずっと見てしまったのでしょうか。 ひゅー、ひゅー、と、まるで喉が破けてそこから空気が漏れ出しちゃったみたいな音を出して、涙をぽろぽろ零しています。私は、悲しくて、怖くて、気持ち悪くて、どうしようもなくて、その場を離れたい気持ちで一杯でしたが、左腕と右腕、それぞれを使って両側にいる2人をぎゅーっと抱き寄せて、とにかく今はこうするのが1番いいのだと思いました。

 

 

 

夢の記録②2021/2/26

 友人の自宅へ訪問する為に、草加駅へやってきた。待ち合わせしていた時間よりだいぶ早く着いてしまったので、友人へのお土産に駅構内のパン屋で買い物することにした。小さな店内は客でいっぱいで、陳列されているパンも残り少ない。友人は甘いものが好きなので、目についた菓子パンをトングで挟み、トレーの上に載せる。チョコレートでコーティングされた生地に、大量のホイップクリームが挟まったデニッシュ、雪みたいな粉砂糖の塗された捻れたかたちの揚げパン、いちご味のてらてらしたチョコレートの上に、カラースプレーが散りばめられたふっくらとしたドーナツ。それらのごくありふれた菓子パンを闇雲にトレーの上に載せていると、商品棚のいちばん下の段に、他ではあまり見たことのない変なパンが陳列されているのを見つけた。薄いパンケーキのようなナンのようなぺらぺらの生地が何枚か重なっていて(しかもよく見ると生地一枚一枚が気泡だらけでスカスカである)そのてっぺんにパリパリに乾いた栗が一粒乗っかっているだけ という、なんとも地味な食べ物だった。その瞬間のわたしが、なぜそれを購入しようと思ったのか今でもよくわからないが、とにかくわたしはその名前もわからない地味な食べ物を、重なっている部分が崩れないよう、右手に持ったトングで極力優しく掴んで、他の菓子パンでぎゅうぎゅうになったトレーの上にそっと載せた。会計を済ませようとレジへ向かう際、友人から電話がかかってきた。「駅着きました。どこ居ます?」

友人へ自分の居場所を伝えると、彼女はすぐに店にやってきた。そして、わたしが手に持つ菓子パンで満載のトレーを見るなり、

「そんなに食べれないですよ」と言って笑った。でも、今日大人3人もいるでしょ?きっとすぐなくなりますよ。Aさんもいるし。Aさん、いっぱい食べてくれますよ。

「それもそうですね。」さて、会計を済ませてさっさと店を出よう。そう思い、トレーをレジカウンターに載せた途端、どういうわけか、先ほどトレーに積んだ菓子パンがひとつ残らず消え失せていた。あれ……どうなってるの?

「やられましたね〜。今日、セールだったんですね、この店」
友人は、もうほとんど商品の残っていない店内を見回し、「さすが。治安最悪」
呆れ顔でそう呟いた。

夢の記録① 2021/2/25

 友人から、親指ほどの大きさの、ちいさなちいさなカワイルカの赤ん坊を譲り受けた。とても可愛いくて嬉しかったが、飼育のしかたがよくわからなかった為、近所で開催されている水棲生物の販売・飼育相談会に出向いた。カワイルカを入れる為の容器が無かったので、真四角のタッパーに入れて持ち運んだ。

水棲生物の販売・飼育相談会は思っていたより混雑していた。飼育相談コーナーの行列に並び、待つ。周囲にはカエルや亀やメガマウス鮫、くじらの縫い包みや、巨大な水槽を抱えた人が大勢いる。ようやく自分の番が回ってきた。「今日はどうされましたか?」相談員は焦げ茶色の長髪をした、溌剌とした雰囲気の女性だ。水に棲む生き物とたくさん仲良く出来そうな人だ。ええあの、友人からカワイルカの赤ちゃんを貰い受けたんです、でも育て方がよくわからなくて。わたしはそう言って、タッパーを開けた。カワイルカの赤ん坊は、傷だらけになり、身体の色も濁って腐ったウインナーみたいになっていた。それに、タッパーからは、死んだ魚とか蟹とか、なんだかそういうものの匂いがした。「あ、死んじゃってますね。こんな運び方したら、死んじゃいますよそりゃ」相談員は、厳しい表情で言った。そうですか……困ったなぁ。わたしは、タッパーの蓋を閉めて、その場を後にした。

しめりけ日記2 血と骨

 わたしの骨や内臓が、本当はどんな色をしているのかについて、時々考えることがあります。インターネットで検索をかければ、人間の骨や内臓の色なんて数十秒もあればすぐに判明するのかもしれませんが、わたしが言いたいのはそういう事ではなく、わたし自身の骨や内臓はどんな色をしているのか?ということです。

骨は、白い。歯も、白い。内臓は赤、もしかしたら、茶色だったり、黒に近いものもあるかもしれません。筋肉も薄い赤?脂肪は薄い黄色。以前、どこかで聞きました。脳みそは灰色と言う人もあれば、薄いオレンジと言う人もあり、わたしのソレは一体どちらなのか。

血管は、青いのと赤いのがあります。でも、皮膚の上から透けて見える血管がそうなだけで、血管そのものには色はついて無いんだそうです。これも、以前どこかで聞きました。

人間の血管の中を流れる血は、赤。少なくとも、わたしの血はそうです。自分の血を何度も見たことがあるので、そのように言えます。しかし、時々わたしが普段目にするわたし自身の赤い血液は、本当は赤色なんかじゃなくて、からだの中ではもっと変な、アメリカのお菓子に使われている人工着色料みたいな、黄緑色とか紫色とかショッキングピンクみたいなどぎつい色で、からだの外に出る時だけ赤色に変化する、そんなだったらちょっと楽しいな。と、思うことがあります。

何せ、からだの中の出来事ですから、わたしはわたしの血液が身体の中でどのような色で、どのように流れているかを自らの目で確認する事が出来ません。

骨や内臓の色も同じです。わたしは、自分の骨や、内臓や、筋肉や、皮下脂肪、からだの中にあるそれらの色を自分自身の目で確認した事がいちどもありません。なので、わたしはそれを自ら確認しようとしない限り、一生知ることが出来ないのです。知ったところで得はない、と言われればそれまでですし、自分でもそう思いますが、わたしは時々、実はこの地球上に存在する自分以外の全ての人間がわたしの骨や内臓や血液の本当の色を知っていて、他でもないわたし自身だけがそれを知らずに毎日のんびり過ごしている、

「あなたの血の色は赤で、骨は白なんですよ」

そんな風に言われて、それを無邪気に信じて暮らしている、そのような感覚に陥る事があります。

そしてわたし自身も、わたし以外の誰かさんの骨や、血液や、内臓の本当の色を全て知っていて、

「あなたの血の色は赤で、骨は白なんですよ」

そんな風に毎日、何処かの誰かさんを騙くらかして暮らしているのではないか。

そのような感覚に陥る事が、あります。

わたしが何らかの方法で血管の中を流れる血液や、体内に配置された内臓や骨や筋肉を自らの目で確認出来た時、

わたしの血の色は赤で、骨は白なんですよ。

そのように、心から言えて、

あなたの血の色や骨の色や内臓の色を、わたしは知らないので是非教えてほしいです、

自分以外の誰かにそう伝える事が出来たなら、わたしはわたし自身の骨の色や血の色や内臓の色を疑わず、何処かの誰かの血や内臓や骨の色を偽ることをせずに、毎日暮らす事が出来るのでしょうか。

 

 

 

しめりけ日記1  みかん色の金魚

こんにちは。今、夜の一時です。

最近、時間があるときは熱帯魚屋さんを見て回っています。

 

 小学5年生の夏休みに、祖母と金魚釣りへ出かけたのですが、その金魚釣り堀では釣り上げた金魚を何匹か持ち帰る事が出来ました。

お土産に家に持って帰れ!と言われたので、わたしは自分が釣ったみかん色の金魚を、1匹だけ自宅に連れ帰ることにしました。

 

 わたしの選んだ金魚は、恐らく先天的な奇形だと思うんですが、左眼がありませんでした。

祖母は「それは眼が無いから別のにしな」と言いましたが、わたしはどの金魚よりもそのみかん色の金魚が最も素敵だと思ったので、その金魚を連れ帰りました。決して眼が無くて可哀想だから といった同情心などでは無く、淡いみかん色の身体や、眼の無い部分がふにゅにゅっと凹んでいる様子がとても可愛いと感じたのです。

それに、初めて自分で釣り上げた金魚だったから というのもあったのでしょう。

 しかし、当時わたしが住んでいた家は、冬は暖房をつけてもダウンジャケットを羽織らなければならない程寒くなり、夏はその逆で、冷房をつけても常に蒸し暑く、壁は結露で尋常じゃないぐらい濡れて、綺麗好きな母が毎日こまめに掃除をしていたにも関わらず常に部屋の四隅に黒カビが発生している

という、最低最悪の環境だったので、(後に壁に断熱材が入っていない欠陥住宅ということが判明)結局その金魚も環境の良い祖母の家で飼育される事になりました。

 

 金魚は、祖母の家で他の生き物たちと共にすくすく育ち、初めて出会った時には5センチ程度だった体長が、15センチ近くまで成長しました。そして長生きし、卵をたくさん産みました。

祖母の家には今でも沢山の金魚たちが居ますが、一部はみかん色金魚の子孫のはずです。

 

 どういうわけか近ごろ、そのみかん色の金魚の事を、よく思い出します。是非その金魚が登場する小説を書きたいと思いました。

 なので、最近は時間があれば熱帯魚屋さんに通い、お店の人の許可を得て金魚を観察させて頂いています。

 いっそのこと、金魚を家に連れて帰ろうか?とも思うのですが、現在、他の生き物の飼育を計画中なので、我慢です。

生き物と暮らすのは手間がかかるので、いちどに沢山というのはなかなか難しいのです。

 

これから一緒に暮らす予定の生き物も、祖母が世話してくれていたそのみかん色の金魚のように、元気に長生きさせたいと思います。

天井裏

 可奈子が押入れの天井裏に人が潜んでいる事に気付いたのは、先月の第一土曜日だった。

その日可奈子は特にする事も無かったので、朝から自宅の大掃除を始めた。

大掃除と言っても、床に放置しているアレとかソレとかコレとか何れを、それなりにスペースに余裕のある押入れに手当たり次第ぶち込むだけなのだが。床に置きっ放しにするより遥かにマシだし、人の家の押入れをわざわざこじ開けて中を覗くような人はいない。

多分。恐らく。いや、きっと。

 

 そんな事をつらつらと考えながら、可奈子はそこらに放置してある邪魔なアレやソレらを、適当に押入れに詰めて行った。

   よーし、そろそろ片付いたかな? 

と、先刻まで床に転がっていたが今は押入れに詰め込まれた有象無象をひと通り眺めてから、押入れの襖を閉める際なんとなく、本当に何の意図もなくただなんとなく、

押入れの天井に目をやった際、

天井の板がズレて、そこから不吉な暗闇が覗いているのを、発見してしまったのだった。

 

 それにしても、まさか押入れの天井が外れる仕様になってたなんてここで暮らすようになって丁度3年になるけどあの時初めて知ったな。さすが木造築50年。……いや、押入れの天井が外れるのに築50年とか木造とか関係ある?というか、押入れの天井って普通外れるもの?

と、天井裏で暮らすモノの事を半ば受け入れ始めた現在だからこそこのように暢気に構えていられるが、可奈子と天井裏の……

〝天井裏〟に暮らすモノ なので、ここでは仮に名を 天ちゃん としておく。

 天ちゃんとの邂逅はそれはもう、惨憺たるものだった。少なくとも、可奈子にとっては。

彼女がどう感じていたかは解らない。

可奈子は、彼女とはまともに口をきいた事がない。実は単に可奈子が気付いていなかっただけで、向こうから喋りかけられた事があったのかもしれない。もしそうだとしたら、次こそは勇気を出して彼女の言葉に耳を傾けてみようと可奈子は思った。そうすれば、天ちゃんについて何か解ることがあるかもしれない。

 

 

 その日の前の晩、つまり天ちゃんを天井裏で見つけた日の前日、可奈子は月額制の動画配信サービスで呪われた家をテーマにしたホラー映画を鑑賞していた。過去に様々な殺人、変死事件のあった曰く付きの物件があって、そこを訪れる人々がなんだよくわからないが次々に死んだり行方不明になったりする。そして、またなんだかよくわからないがその元凶となる存在が、家の押入れの天井裏に棲みついていてどうのこうの……という、まあ、よくありがちなストーリーラインのジャパニーズ・ホラーだ。

しかし、これがなかなかどうして、カメラワークも音楽も出演者の演技もそのどれもが非常に高クォリティで、これはきちんとお金をかけた作品ですね!と納得の出来る映画だった。

……要するにめちゃくちゃ怖かった。

 

 めちゃくちゃ怖い映画を観た次の日に、それである。

 

……え?なんか押入れの天井開いてる……?

これって、あの映画と同じだ……

……待って?しかもなんか無駄に広い空間あるんですけどヤダヤダヤダ完全に同じじゃん!映画と一緒じゃん!これ、なんか居るって!絶対なんか居るって!あっヤダ、居た!今なんか居た絶対なんか居た!動いたもん今!ヤダヤダヤダヤダヤダヤダやめてやめてやめて怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこっち来ないで来ないで暗い怖い怖い怖い怖いよ誰か助けて助けて助けて助けてお母さんおかあさーん!

 

 ……とはならず、実際は叫ぶどころか呻き声のひとつすら漏らす事が出来なかった。

 

 「人って本当にびっくりすると、声出なくなっちゃうんですね(笑)」

後に彼女はメディアのインタビューで、そう答えている。

 

 

 

 天ちゃんは、どうやら幽霊だとかそういった類いのモノではないらしい。

風呂やトイレに、可奈子が留守にしている間使用された形跡があるからだ。

その痕跡を探すのはひと苦労だった。浴室に自分のモノではない髪の毛が落ちている とか、トイレに身に覚えのない汚れが……といった分かりやすい痕跡ではなく、ボディソープやトイレットペーパーが自分が入った後より減ってるだとか、使用した覚えがないのにほんの僅かに水滴が残っている といった、注意深く観察しないと分からないようなものだった。

どうやら天ちゃんは、相当綺麗にトイレやお風呂をご利用下さっている。

いつも綺麗にご利用頂き、ありがとうございます。

幽霊は、入浴や排泄をしない。

だから、天ちゃんは生きた人間である。

多分。恐らく。いや、きっと。

 

 天ちゃんは、入浴や排泄は勿論のこと、食事や自分の服の洗濯なんかもそれなりにしているらしい。

いや、もう完全に人間ですね、コレは。

 

食事は、

「冷蔵庫の食材が減ってる!なんて図々しい闖入者なのかしら(怒)」

というような事はないが、ゴミ箱に身に覚えのないゴミが入っているのを発見した。全てコンビニのパンやおにぎりや弁当類のもので、極力容量が小さくなるよう纏めて捨てられているそれらが天ちゃんの食事の痕跡なのだろう。

いつも、ゴミはゴミ箱に!もちろんそのまま!分別はいい加減です!何故なら全て燃えるゴミだからです!燃やそうと思えば何でも燃やせます!この世の全ては燃えるゴミ!

といったアバウト、粗雑、粗放極まりない理論を掲げ廃棄物処理に臨んでいる可奈子なので、自身の出すゴミの量など細かく把握している筈がない。故に、これらの証拠も見つけ出すまでにだいぶ時間がかかった。

 コンビニで買ったものなんてコンビニの駐車場で食べてゴミもコンビニのゴミ箱に捨てたらいいじゃん! と可奈子は思ったが、恐らく天ちゃんはあまり長時間外出する事を好まない。

そして、己の姿を他人の目の前に晒す事を極端に恐れてもいる。

 

 

 天ちゃんを天井裏に発見した際は当然驚愕した可奈子だったが、どういう訳か警察に通報したり周囲の人間に相談したりしなかった。

 ごくごく普通の思考回路を持つ者であれば、恐らく天井裏に赤の他人が潜んで居るのを発見した時点で即その場を離れ、警察に通報するだろう。相手が話の通じる人間とは限らないのだ。武器を隠し持っている可能性だってある。

しかし、可奈子はそうしなかった。

〝押入れの天井裏に人が潜んでいる〟という不可思議な状況に違和感や気味の悪さこそ覚えたものの、天ちゃんからは敵意や殺意をまるで感じなかった。なので、驚きはしたがそれ程恐怖を感じなかった。それどころか、違和感や気味の悪さを感じたのもほんの数日のことで、そのうち、天ちゃんが私室の押入れの天井裏に潜んでいる事に安心感すら覚えるようになった。

 

 もしかして、今まで気が付かなかっただけで、私は相当疲れていたのかもしれない。

この築50年の木造家屋に越して来てから3年。

周囲には誰も頼れる人はおらず、たった独りで身の回りの事は全てこなして来た。自分より大変な生活をして居る人など山ほどいる。それでも、それなりに裕福な家庭に生まれ育ち、幼少の頃から両親の愛情を一身に受け何不自由なく育ってきた自分にとってこれはあまりにも過酷な試練だった。

 天井裏に潜む天ちゃんだけが、哀れな可奈子を側で見守っていてくれる、唯一の存在だった。

 

 

 「ねえ、そこに居るんでしょ?返事して」

天井裏に向かって呼びかけてみる。

当然、返事は無い。今すぐにでも押入れの天井の板をずらし、天井裏に上がって直接会いに行きたかったが、どうしてもそれは出来なかった。可奈子の方から彼女に触れてしまえば、

天ちゃんは可奈子の前から居なくなってしまう。そう思ったからだ。

 

 「ずっと前から知ってたよ。あなたがそこに居るって事。ねえ、お願い、返事して。あなたの声が、聞きたいの」

返事は無い。 

それでも、天ちゃんが確実に〝そこ〟に居るという事はわかる。

押入れの天井から、彼女の息遣いを感じる。

天ちゃんが生きている。可奈子の側に、ずっと居る。

 

 

 「わたしも。ママとお話ししたかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、母と一緒にホラー映画観てました。呪われた家の……そう、その映画です。わりと怖いですよね、あれ(笑)今観ても怖いんじゃないかな?10歳とかでしたから私。相当怖かったですよ、ええ。で、映画を観終わって、さあ、寝るかーってなった後急に母が私の腕を、こう、物凄い力でギューッて。それで、押入れの方まで引っ張って連れて来られて。上がれ って言うんですよ、上に。もう、え?え?じゃないですか、こっちからしたら。でも、母には逆らえませんでしたからね、当時。

母は……昔からそういう突拍子もない事よくやる人だったんで。今日のやつもそれか〜って。またなんか変な遊びしてるよ〜って(笑)だから上がりましたよ、とりあえず。押入れの……天井裏って言っていいのかな?よくわかんないですけど。いや〜、最初の感想はとにかく、暗い。暗いな〜って。あと、なんか臭い!あれ、多分カビとかネズミの糞とかそんなのの臭いですよね。いや、最悪でしたホント(笑)で、私が上がったの確認した途端母が入り口閉めて。そしたらもう、真の闇!真っ暗!もう、その時点で無理無理無理やめてってなってたんですけど、ただ固まってましたよ、自分のこと自分で抱きしめるみたいにして。そしたら、急に何かが目の前を横切ったんです。ネズミとかゴキブリとかそういうやつだと思うんですけど。あっヤダ、居た!今なんか居た絶対なんか居た!動いたもん今!ヤダヤダ!こっち来ないで! みたいな(笑)めちゃくちゃびびってたんですけど。叫びたいのにぜんっぜん声出せなくて。人って本当にびっくりすると、声出なくなっちゃうんですね(笑)

……え?そのあとですか?それは、報道の通りですよ。1か月くらいかな?わかんないですけど。しばらく天井裏で暮らしてました。トイレとかお風呂は母が仕事行ってる時とか寝てる時こっそり済ませて。でも使ってるのバレるとめちゃくちゃ怒られるんで、はい。鬼のように掃除して。食事は、母が朝千円札置いとくんですよ、台所のテーブルの上に。それ使ってコンビニで買ってました。近所の人に見られると面倒なんで極力素早く。一回近所の人に見つかって学校どうしたのー?とか色々聞かれて。家帰ってそれ報告したらボコボコに殴られましたからね!もう、理不尽過ぎる(笑)

逃げる?……んー、無いですね。だってどこも行くとこないし。それに、母と離れ離れになりたくなかったし。それにねー、あれはあれで結構楽しかったんですよ。母が、夜になると沢山話しかけてくれたんで。そこにいるのー?お返事して?みたいな。私、普段母と全然会話とかなかったから。その時を除くとまともに喋った記憶無い(笑)逆にその時だけは沢山しゃべれたんで。楽しかったですよ。ごっこ遊びみたいなものですよね。

 え?分かるわけないじゃないですか!そんなの私が訊きたい(笑)

んー……よくわかんないですけど、親ってそういうものなんじゃないですか?いや、わたし子供居ないし今後作るつもりもないんでホント、わかんないですけどね、ええ。

…いえいえ、こちらこそ。今日は良い経験になりました、ありがとうございました。よかったです、言いたい事沢山言えたんで。

…え?

 

……そうですね

 では、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾンビのおっぱい

吸いかけの煙草を、ゾンビの灰皿に押し付けた。

ゾンビの灰皿は本当にゾンビの灰皿で、金髪で全裸の女ゾンビが血で満たされた猫足バスタブに浸かっている珍しい意匠の灰皿である。女ゾンビは白目を剥き、唇の端が耳元まで裂けていて、そこから黄ばんだ歯と紫色のベロが飛び出し、腹からは盛大に内臓が漏れ出ている。そのくすんだ肉色の内臓やゾンビらしく緑や茶色に変色した乳房や腕や脚の周りには、ご丁寧に、古いごはん粒みたいな乳白色の蛆虫まで引っ付いている。内臓の漏れ出した腹の、臍の位置に当たる部分がすり鉢状に凹んでおり、その申し分程度のスペースに煙草を押し付けたり吸殻を入れられる作りになっている。

 

なんだか、妙にぼんやりしている。おかしい。久々に煙草を吸っているからだろうか。

意識ははっきりしているし、自分は今何について考えているのかも認識出来ているが、脳みその一部分が、まだ目醒めていない。

位置でいうと丁度後頭部の、左耳の付け根にほど近い部分、その辺りの脳みそが、まだスヤスヤと穏やかな寝息を立て、なにか楽しい夢でも見ているのだろうか?一向に目を醒まそうとしない。今 自分にとって最も重要な気がするある事柄が、どうしても思い出せない。

今 私が頭の中でグチャグチャゴニャゴニャ思惑を巡らす様々な事象に対し完璧に意識を向け、最も重要だと感じる一点を記憶の海の底から引き上げるには、その未だ夢の世界に旅立ったままの部分の働きが必要不可欠であり、目醒めろ、目醒めろ、目醒めろ、目醒めろ!と 語りかけるかのように、ように というより実際に口に出して、直接目で見る事は出来なくとも私がまだ母親の胎内で温かな羊水に包まれて過ごして居た頃から常に側に在り続けてくれているであろう、その小さな友人に語りかけた。

 

女ゾンビの灰皿は、既にいくつかの吸殻でいっぱいになっている。一応灰皿という事にはなっているが、純粋に灰皿として使用するにはあまりにも不便なゾンビの灰皿である。なにしろ、吸殻を入れるスペースが小さすぎる。何故この不気味な置物を灰皿にしたのか。製作者の意図が掴めない。

この灰皿と初めて出会ったのは、N市の商店街の外れにある小さな雑貨屋だった。その時はただただ最悪なデザインだと感じた。こんなに悪趣味な灰皿を拵える人間は、きっと頭のおかしい奴に違いないと。ただグロテスクなだけのデザインならそこまで嫌悪を感じなかっただろう。

しかし、ゾンビ灰皿は女の形をしていた。

全裸の、大人の女性の肉体である。

それは、当時まだ初潮も訪れていなかった幼い私に、嫌という程女の性を意識させた。

皮膚が所々緑や茶色に変色していようが、クリーム色の蛆虫が身体中の至る所に施されていようが、乳首を露出させた2つの乳房は大海原に威風堂々と聳え立つ双子島の如く、泡立つ赤黒い水面から天に向かい屹立している。耳まで裂けた傷口から覗く歯列や舌や腹からこぼれた内臓よりも、私はその形の良い豊かで攻撃的な乳房に恐怖を覚えた。

普段目にする己の母親のなだらかな乳房とは、全く異なるものだった。

 

目醒めろ、目醒めろ、目醒めろ、目醒めろ。

後頭部の小さな友人は、徐々に瞼を開いてゆく。まだ涙の膜で覆われた眼球の表面に、お日様の光がゆっくり、ゆっくり、頭のてっぺんまですっぽり被ったタオルケットを優しく剥ぐように降り注ぐ。

ああ…おはよう。ごめん、寝坊した。

おはよう。ずっと待ってた。

知ってる。夢の中でもあんたの声が、聴こえてたから…。それで?わたしは今からどんな仕事をすればいい?何を思い出したいの?

わかんない。何を思い出したいのかすら、わかんない。でも、なんかすごく大事なことを忘れてる気がする。

 

幼い頃に最悪なデザインだと感じたこのゾンビ灰皿は、十数年後、再び私の目の前に現れた。

「はっぴーばーすでー」というセリフと和かな笑顔と共に手渡された、レーザービームみたいにギラギラ輝く包装紙に包まれた箱の中に、彼女は居た。初めて出会ったあの頃と同じく、緑や茶色に変色した肌に蛆虫を纏わり付かせ、腹からは内臓を漏らし、赤黒い血液でいっぱいになったバスタブに沈んでいる。

「うーわ…何これ…。」正直、また会うとは思わなかったよ。会いたくなかったけどね。

「いいでしょ。君こういうの好きそうじゃん?結構高かったんだから、大事にしてね。」

貰ってしまったものは仕方がない。

これからよろしく。それにしても、あの頃と全く変わらないね。私は、あなたの頬っぺたから飛び出しちゃってる歯とかベロとか、身体中に付いてるウジ虫とか、お腹からあふれてる内臓なんかより、そのでっかいおっぱいが、身体中が腐ってぐずぐずになって肌の色が変わっちゃってもツンって上を向いてるおっぱいが、ずっと、ずっと、怖かったんだよ。

「貰っちゃったし使うわ、とりあえず。ありがと。」

 

だめだ。どうしてだろう。小さな友人は、私の呼びかけに応えて、とっくに目を醒ましてくれたのに。思い出せない。1番、大切なことが。

ねぇ、私が何を思い出したいか、わかる? 

ごめん。わかるわけないよね。

吸いかけの煙草を、ゾンビの灰皿に押し付けた。女ゾンビの内臓の飛び出たお腹は、きっと、もうこれ以上吸殻を受け止めきれない。

捨てて来なくちゃ。それで、女ゾンビの汚れたお腹を、綺麗に洗ってあげなくちゃ。

 

吸殻で満杯になったゾンビの灰皿を掴んで、椅子から立ち上がる。

 

…思い出した。

私の小さな友人は、とてもゆっくりだけれど、きちんと仕事をこなしてくれた。

 

 

トイレットペーパー、切らしてたんだった。