梅雨じゃなくても湿気ってる。

思い付いた事を、気が向いた時に書いてます。

天井裏

 可奈子が押入れの天井裏に人が潜んでいる事に気付いたのは、先月の第一土曜日だった。

その日可奈子は特にする事も無かったので、朝から自宅の大掃除を始めた。

大掃除と言っても、床に放置しているアレとかソレとかコレとか何れを、それなりにスペースに余裕のある押入れに手当たり次第ぶち込むだけなのだが。床に置きっ放しにするより遥かにマシだし、人の家の押入れをわざわざこじ開けて中を覗くような人はいない。

多分。恐らく。いや、きっと。

 

 そんな事をつらつらと考えながら、可奈子はそこらに放置してある邪魔なアレやソレらを、適当に押入れに詰めて行った。

   よーし、そろそろ片付いたかな? 

と、先刻まで床に転がっていたが今は押入れに詰め込まれた有象無象をひと通り眺めてから、押入れの襖を閉める際なんとなく、本当に何の意図もなくただなんとなく、

押入れの天井に目をやった際、

天井の板がズレて、そこから不吉な暗闇が覗いているのを、発見してしまったのだった。

 

 それにしても、まさか押入れの天井が外れる仕様になってたなんてここで暮らすようになって丁度3年になるけどあの時初めて知ったな。さすが木造築50年。……いや、押入れの天井が外れるのに築50年とか木造とか関係ある?というか、押入れの天井って普通外れるもの?

と、天井裏で暮らすモノの事を半ば受け入れ始めた現在だからこそこのように暢気に構えていられるが、可奈子と天井裏の……

〝天井裏〟に暮らすモノ なので、ここでは仮に名を 天ちゃん としておく。

 天ちゃんとの邂逅はそれはもう、惨憺たるものだった。少なくとも、可奈子にとっては。

彼女がどう感じていたかは解らない。

可奈子は、彼女とはまともに口をきいた事がない。実は単に可奈子が気付いていなかっただけで、向こうから喋りかけられた事があったのかもしれない。もしそうだとしたら、次こそは勇気を出して彼女の言葉に耳を傾けてみようと可奈子は思った。そうすれば、天ちゃんについて何か解ることがあるかもしれない。

 

 

 その日の前の晩、つまり天ちゃんを天井裏で見つけた日の前日、可奈子は月額制の動画配信サービスで呪われた家をテーマにしたホラー映画を鑑賞していた。過去に様々な殺人、変死事件のあった曰く付きの物件があって、そこを訪れる人々がなんだよくわからないが次々に死んだり行方不明になったりする。そして、またなんだかよくわからないがその元凶となる存在が、家の押入れの天井裏に棲みついていてどうのこうの……という、まあ、よくありがちなストーリーラインのジャパニーズ・ホラーだ。

しかし、これがなかなかどうして、カメラワークも音楽も出演者の演技もそのどれもが非常に高クォリティで、これはきちんとお金をかけた作品ですね!と納得の出来る映画だった。

……要するにめちゃくちゃ怖かった。

 

 めちゃくちゃ怖い映画を観た次の日に、それである。

 

……え?なんか押入れの天井開いてる……?

これって、あの映画と同じだ……

……待って?しかもなんか無駄に広い空間あるんですけどヤダヤダヤダ完全に同じじゃん!映画と一緒じゃん!これ、なんか居るって!絶対なんか居るって!あっヤダ、居た!今なんか居た絶対なんか居た!動いたもん今!ヤダヤダヤダヤダヤダヤダやめてやめてやめて怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこっち来ないで来ないで暗い怖い怖い怖い怖いよ誰か助けて助けて助けて助けてお母さんおかあさーん!

 

 ……とはならず、実際は叫ぶどころか呻き声のひとつすら漏らす事が出来なかった。

 

 「人って本当にびっくりすると、声出なくなっちゃうんですね(笑)」

後に彼女はメディアのインタビューで、そう答えている。

 

 

 

 天ちゃんは、どうやら幽霊だとかそういった類いのモノではないらしい。

風呂やトイレに、可奈子が留守にしている間使用された形跡があるからだ。

その痕跡を探すのはひと苦労だった。浴室に自分のモノではない髪の毛が落ちている とか、トイレに身に覚えのない汚れが……といった分かりやすい痕跡ではなく、ボディソープやトイレットペーパーが自分が入った後より減ってるだとか、使用した覚えがないのにほんの僅かに水滴が残っている といった、注意深く観察しないと分からないようなものだった。

どうやら天ちゃんは、相当綺麗にトイレやお風呂をご利用下さっている。

いつも綺麗にご利用頂き、ありがとうございます。

幽霊は、入浴や排泄をしない。

だから、天ちゃんは生きた人間である。

多分。恐らく。いや、きっと。

 

 天ちゃんは、入浴や排泄は勿論のこと、食事や自分の服の洗濯なんかもそれなりにしているらしい。

いや、もう完全に人間ですね、コレは。

 

食事は、

「冷蔵庫の食材が減ってる!なんて図々しい闖入者なのかしら(怒)」

というような事はないが、ゴミ箱に身に覚えのないゴミが入っているのを発見した。全てコンビニのパンやおにぎりや弁当類のもので、極力容量が小さくなるよう纏めて捨てられているそれらが天ちゃんの食事の痕跡なのだろう。

いつも、ゴミはゴミ箱に!もちろんそのまま!分別はいい加減です!何故なら全て燃えるゴミだからです!燃やそうと思えば何でも燃やせます!この世の全ては燃えるゴミ!

といったアバウト、粗雑、粗放極まりない理論を掲げ廃棄物処理に臨んでいる可奈子なので、自身の出すゴミの量など細かく把握している筈がない。故に、これらの証拠も見つけ出すまでにだいぶ時間がかかった。

 コンビニで買ったものなんてコンビニの駐車場で食べてゴミもコンビニのゴミ箱に捨てたらいいじゃん! と可奈子は思ったが、恐らく天ちゃんはあまり長時間外出する事を好まない。

そして、己の姿を他人の目の前に晒す事を極端に恐れてもいる。

 

 

 天ちゃんを天井裏に発見した際は当然驚愕した可奈子だったが、どういう訳か警察に通報したり周囲の人間に相談したりしなかった。

 ごくごく普通の思考回路を持つ者であれば、恐らく天井裏に赤の他人が潜んで居るのを発見した時点で即その場を離れ、警察に通報するだろう。相手が話の通じる人間とは限らないのだ。武器を隠し持っている可能性だってある。

しかし、可奈子はそうしなかった。

〝押入れの天井裏に人が潜んでいる〟という不可思議な状況に違和感や気味の悪さこそ覚えたものの、天ちゃんからは敵意や殺意をまるで感じなかった。なので、驚きはしたがそれ程恐怖を感じなかった。それどころか、違和感や気味の悪さを感じたのもほんの数日のことで、そのうち、天ちゃんが私室の押入れの天井裏に潜んでいる事に安心感すら覚えるようになった。

 

 もしかして、今まで気が付かなかっただけで、私は相当疲れていたのかもしれない。

この築50年の木造家屋に越して来てから3年。

周囲には誰も頼れる人はおらず、たった独りで身の回りの事は全てこなして来た。自分より大変な生活をして居る人など山ほどいる。それでも、それなりに裕福な家庭に生まれ育ち、幼少の頃から両親の愛情を一身に受け何不自由なく育ってきた自分にとってこれはあまりにも過酷な試練だった。

 天井裏に潜む天ちゃんだけが、哀れな可奈子を側で見守っていてくれる、唯一の存在だった。

 

 

 「ねえ、そこに居るんでしょ?返事して」

天井裏に向かって呼びかけてみる。

当然、返事は無い。今すぐにでも押入れの天井の板をずらし、天井裏に上がって直接会いに行きたかったが、どうしてもそれは出来なかった。可奈子の方から彼女に触れてしまえば、

天ちゃんは可奈子の前から居なくなってしまう。そう思ったからだ。

 

 「ずっと前から知ってたよ。あなたがそこに居るって事。ねえ、お願い、返事して。あなたの声が、聞きたいの」

返事は無い。 

それでも、天ちゃんが確実に〝そこ〟に居るという事はわかる。

押入れの天井から、彼女の息遣いを感じる。

天ちゃんが生きている。可奈子の側に、ずっと居る。

 

 

 「わたしも。ママとお話ししたかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、母と一緒にホラー映画観てました。呪われた家の……そう、その映画です。わりと怖いですよね、あれ(笑)今観ても怖いんじゃないかな?10歳とかでしたから私。相当怖かったですよ、ええ。で、映画を観終わって、さあ、寝るかーってなった後急に母が私の腕を、こう、物凄い力でギューッて。それで、押入れの方まで引っ張って連れて来られて。上がれ って言うんですよ、上に。もう、え?え?じゃないですか、こっちからしたら。でも、母には逆らえませんでしたからね、当時。

母は……昔からそういう突拍子もない事よくやる人だったんで。今日のやつもそれか〜って。またなんか変な遊びしてるよ〜って(笑)だから上がりましたよ、とりあえず。押入れの……天井裏って言っていいのかな?よくわかんないですけど。いや〜、最初の感想はとにかく、暗い。暗いな〜って。あと、なんか臭い!あれ、多分カビとかネズミの糞とかそんなのの臭いですよね。いや、最悪でしたホント(笑)で、私が上がったの確認した途端母が入り口閉めて。そしたらもう、真の闇!真っ暗!もう、その時点で無理無理無理やめてってなってたんですけど、ただ固まってましたよ、自分のこと自分で抱きしめるみたいにして。そしたら、急に何かが目の前を横切ったんです。ネズミとかゴキブリとかそういうやつだと思うんですけど。あっヤダ、居た!今なんか居た絶対なんか居た!動いたもん今!ヤダヤダ!こっち来ないで! みたいな(笑)めちゃくちゃびびってたんですけど。叫びたいのにぜんっぜん声出せなくて。人って本当にびっくりすると、声出なくなっちゃうんですね(笑)

……え?そのあとですか?それは、報道の通りですよ。1か月くらいかな?わかんないですけど。しばらく天井裏で暮らしてました。トイレとかお風呂は母が仕事行ってる時とか寝てる時こっそり済ませて。でも使ってるのバレるとめちゃくちゃ怒られるんで、はい。鬼のように掃除して。食事は、母が朝千円札置いとくんですよ、台所のテーブルの上に。それ使ってコンビニで買ってました。近所の人に見られると面倒なんで極力素早く。一回近所の人に見つかって学校どうしたのー?とか色々聞かれて。家帰ってそれ報告したらボコボコに殴られましたからね!もう、理不尽過ぎる(笑)

逃げる?……んー、無いですね。だってどこも行くとこないし。それに、母と離れ離れになりたくなかったし。それにねー、あれはあれで結構楽しかったんですよ。母が、夜になると沢山話しかけてくれたんで。そこにいるのー?お返事して?みたいな。私、普段母と全然会話とかなかったから。その時を除くとまともに喋った記憶無い(笑)逆にその時だけは沢山しゃべれたんで。楽しかったですよ。ごっこ遊びみたいなものですよね。

 え?分かるわけないじゃないですか!そんなの私が訊きたい(笑)

んー……よくわかんないですけど、親ってそういうものなんじゃないですか?いや、わたし子供居ないし今後作るつもりもないんでホント、わかんないですけどね、ええ。

…いえいえ、こちらこそ。今日は良い経験になりました、ありがとうございました。よかったです、言いたい事沢山言えたんで。

…え?

 

……そうですね

 では、また。